隠居生活

限界勤め人だった著者の隠居生活を綴ります

あと7年しか働けない

行きの分の燃料しか積んでいない。

FIREというゴールにたどり着いたら私はそこに永住するのだ。

繰り返す。復路の燃料はない。

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本日は、2020年4月13日、月曜日だ。

4:30頃から中途覚醒してしまった。

実を言うと、このところ体調不良である。

COVID-19の恐怖に心身が蝕まれているようだ。

喉の痛みと微熱は落ち着いてきたが、お腹の調子がどうもよろしくない。

ここまで強く生命の危機を感じるのは、東日本大震災以来のことだ。

このような状況下でも出勤しなければいけないのが社畜の定め。

出勤前が憂鬱のピークだった。

死地に赴く兵士の気持ちがほんのわずかに理解できたような気がした。

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計画では、会社員生活もあと7年ということになる。

現在に至るまで丸6年働いたので、今のペースでいけばトータル13年の労働で会社員卒業だ。

FIREという考え方を知らずにいたならば、40年間の労働人生となっていただろう。

しかし、幸か不幸かわからないが(幸だと思っている)、自分は知ってしまったのだ。

あと7年しか社畜サラリーマンでいられないのだから、どうせならその間ちゃんと「働きマン」するのもいいかもなァなんてふと思う瞬間がある。

新卒の頃から数年前までは終わりが見えなくてつらかった。

今は「終わり」が少しずつ見え始めているような気がする。(蜃気楼かもしれないけれど。)

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働いていると、自分の苦手なタイプの人ともなんとかうまくやる必要のある場面というのに、けっこうな頻度で出くわすものだ。

日々、ある程度イヤな思いをしながら、ストレスにさらされながらやっていくことになる。

そういう環境から逃げ出そうと思えば逃げ出すこともできるけれど、自分は今のところ首の皮一枚でつながっている感じだ。

会社員生活は、自分にとって修行に近い。

豚舎での社畜活動を通じ、モノの見方・考え方が年々狭く小さくなっているような気がしないでもないが、一方で、振り返るとこの6年間で「生きていくために必要な最低限の社会性」みたいなものを身につけることができたのもまた事実だと思う。

「嫌な思いはたくさんしたけれど、決して悪いことばかりでもなかった」

端的に言うと、そんな感じだ。

そんな風に思えるのも、丸3年間、労働・節約・投資生活を継続し、ちょっとした資産を形成できたからかもしれない。

含み損もあるにはあるけれど、ショボい資産形成に成功したと言ってまず良いと思う。

親への仕送りや奨学金の返済をこなしながら、曲がりなりにもよくやっている方だと今日は(今日も)自分を褒める。

きちんと節倹できている自分、えらい。

これを継続していきたい。

最近は毎日定時退社をキメこんでいるせいか、労働に対する毒気がすっかり抜けてしまったようだ。

これが「ぬるま湯」ってやつなのかい。

ホワイトな労働環境によって、濁った心がしっかり浄化されつつある。

定時退社ってすごいね。